0009.唐傘
7月はせわしない。祇園さんをやるころには、もう天神さんの交通規制の予告看板が道に立ちはじめ、そのうち橋にはチョウチンをつるす杭が荒縄でくくりつけられる。
どこからか蚊取り線香のかすかなにおいが、盆提灯の淡い光を呼びおこし、田舎の昼でもうす暗い仏間のしずけさがよみがえる。
子どものころ毎年、盆をすごしたといっても、10にあまるほどしか行ったことのない、そしてもうおそらく行くことのない場所の記憶だ。
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ゲームはしませんか。しませんなあ。家にいるときはなにを。本を読んだり、音楽を聴いたり。本ですか、わたしも読みます、さいきんなにか読みましたか。そうですね、翻訳家が英語のレシピ本を買ってきてじっさい作ってみるという本を。はあ。おもしろかったですよ。
そして沈黙。
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田舎で盆踊りにいったことがある。音頭とりは破れた唐傘をもっていた。あれがMCの象徴でリレーしたのだろう。
あるいはそんなことはすべて記憶の作り事かもしれない。丁目番地を書かなくても年賀状が届くようなところだった。