33.タルト
その日は3人で飲んでいた。せっかくだからもう一軒ということになり、紹介してもらったバーに入った。
店の人が里帰りしていたのか、客にもらったのか、愛媛の銘菓、いちろくタルトがふるまわれた。そういうことは、たびたびあるわけでもないが、とくにめずらしいことではない。
ゆずの香りのアンは、ふしぎに酒と相性がよかった。
その店主が亡くなったと風の噂に(今日風にいえばSNSで)知ったのは、一週間もしたころだったろうか。どの人が店主だったのかわからないが、ひとことふたこと言葉をかわしたはずだ。
以来、タルトはゆずの餡とともに死の影を負っている。